前立腺癌に対するロボット手術について

前立腺癌に対するロボット手術について

田中正利 先生

福岡大学 泌尿器科
     

   手術支援用ロボットの歴史について

手術支援用ロボットのダビンチ・サージカルシステム(ダビンチ)を用いたロボット手術は早期の、前立腺癌の治療法として急速にわが国においても普及しています。ダビンチは、1980年代末に米国においてNASA(アメリカ航空宇宙局)と陸軍が戦場などでの遠隔操作による手術治療装置の開発を目的に、スタンフォード研究所との共同研究を開始したことがその開発契機とされています。1995年にインテュイティブ社が設立され、1999年に第一世代のダビンチスタンダードが市場に投入されました。2000年にはFDA(アメリカ食品医薬品局)で認可を受け、臨床使用が開始されました。その後、患者さんの体に負担が少ない手術や精密な手術ができることなどから、アメリカはもちろん、ヨーロッパやアジアでも導入が進んでいます。わが国においては、2009 11 月に第二世代ダビンチSが初めて薬事承認(国が医療機器として使用を許可すること)され、20124月には前立腺癌に対するダビンチ手術が保険収載されました。さらに同年10月に第三世代ダビンチSi20154月に第四世代ダビンチXiとう改良型のダビンチが次々に承認され、ダビンチ導入施設および手術例数は急速に増加しています。20159月末で全国の約200施設でダビンチが活用され、保有台数は米国に次いで世界第2位となっています。

② ロボット手術の特徴について                   

ロボット手術は、患者さんの体に負担が少ない腹腔鏡手術にロボットの機能を組み合わせて発展させた手術であり、より精密で安全な手術を行うことが可能となりました。ダビンチは、①ペイシェントカート、②ビジョンカート、③サージョンコンソールの3機材から構成されています(図1)。

 

ペイシェントカートには合計4本のアーム(その内1本は内視鏡に使用)が搭載され、患者さんの体内にアプローチし、手術を行います。ビジョンカートには画像の処理装置があり、内視鏡のカメラヘッドから送信される画像の収集や処理を行い、サージョンコンソールに3D画像を送信します。サージョンコンソールは司令塔としての役目があり、鉗子や内視鏡を自在に操作できるマスターコントローラが搭載され、すべての操作を行うことができます(図2)。

 

術者は、内視鏡の3Dカメラで映し出された高解像度の立体画像を見ながら手術を行います。この3Dカメラのデジタルズーム機能は手術部位を拡大することができます。手術操作に用いるロボットアームは、人の手以上に器用な動きが可能で、狭いスペースでも自由に器具を操作することができます。ロボットアームのカセットを交換することで、様々な処置を行うことが可能となります。ロボットアームの先端は医師の手と完璧に連動し、自分でメスや鉗子を持っているような感覚で手術ができます。さらにロボットにしかできない動きが加わることで、開腹手術では困難であった操作を可能にします。また、手先の震えが鉗子の先に伝わらないように手ぶれを補正する機能(フィルター機能)、動かした手の幅を縮小して伝える機能(モーションスケール)があり、細い血管の縫合や神経の剥離などの緻密な作業や狭いスペースでの作業が正確にできます。

 

③ ダビンチXiについて  

ダビンチXiは最新型の第四世代ダビンチで、腹部領域全体へのアクセスが速やかに行え、視認性も向上しています(図1)。オーバーヘッドブームによりアーム全体が回転することで、術野の確保が容易に行え、患者さんへのアクセス性が向上しました。ロボットアームがより小型化・軽量化され、可動範囲が広がり体内での到達性が向上し、また今まで問題となっていたアーム同士の干捗も劇的に減少し、より使いやすくなっています。レーザーターゲティングにより、患者さんに挿入したトロカー(体内に鉗子などの手術器具を入れる管)とアームのドッキングが簡単になりました。内視鏡を手術部位に向け、ターゲティングを行えば自動的に手技に最適なポジションを設定します。どのアームにも内視鏡を取り付けることができ、セットアップの自由度が増しました。内視鏡の先端に取り付けられた光学素子により患者さんの体内にカメラを挿入することで、より高い解像度と自然な色調の3D画像で解剖学的構造を見ることができます。このようにダビンチXiは、セットアップの簡便化と視認性の向上により、手術時間の短縮や手術の質の向上に寄与すると考えられます。

 

④ ロボット手術の得意とする前立腺癌について

ロボット手術は、前立腺、子宮などの骨盤腔内の狭いスペースの中にある臓器を対象とし、縫合・結紮などの繊細な技術が求められる手術に適しています。前立腺癌に対する前立腺全摘除術(前立腺と精嚢を摘除する手術)は、前立腺が骨盤底部に固定された臓器で、腹側に恥骨、背側に直腸、頭側に膀胱がありスペースが狭く視野の確保が難しいため、前立腺の剥離や膀胱と尿道の吻合が容易でないとう難点があります。さらに前立腺周囲には静脈叢が非常に発達しているため、手術操作が加わると出血しやすく、また出血が起こった場合に止血操作が難しいなどの問題もあります(図3)。このような狭いスペースで、緻密な技術が要求される難易度の高い前立腺癌に対する手術において、ロボット手術の特長が生かせます。

 

近年、早期の前立腺癌に対する外科治療においては、癌治療としての癌の制御と尿禁制や勃起機能といったQOL(生活の質)の維持がほぼ並列に評価、議論されるに至っています。狭いスぺースで緻密な作業ができるロボット手術は、尿道括約筋機能や勃起神経の温存に有利である点が高く評価されています。前立腺癌に対するロボット手術は、日本において保険診療がはじめ承認された術式で、わが国におけるロボット手術の例数の多くを占めています。20167月に国立がん研究センターから発表された統計予測では、2016年に男性が罹る癌の中で、前立腺癌は最も罹患数の多い癌になるとされており、今後益々ロボット手術を受けられる患者さんは増加すると考えられます。

⑤ ロボット手術の長所と短所について              

前立腺癌に対する開腹手術と比べたロボット手術の長所と短所について述べます(表1)。

 

 

1)長所

皮膚を切開する傷口は、トロカーを挿入する812mmほどの幅で、6カ所です。このように小さな傷口のみで行われる手術なので、皮膚や筋肉を切開した痛みはほとんどありません。出血量は少なく、術中に輸血が必要になることはまれです。開腹手術では出血量が多いので、自己血輸血を必要とします。傷口が小さいため術後の回復が早く、また尿道カテーテルの留置期間も短いため、開腹手術よりも入院期間が短縮します。癌組織のより精密な切除が可能で、切除断端における癌組織の陽性率が低いとされています。ロボット手術では格段に繊細な鉗子操作が可能なため、尿禁制がより早く回復し、勃起機能も高い回復率を示します。合併症の発生率も低く、特に直腸損傷などの重度の合併症が減少します。

2)短所

最も大きな短所はダビンチ本体が極めて高額であることです。また、専用の鉗子類は安全性や耐用性の問題より使用回数を制限されたセミ・ディスポーザブルであり、年間のランニングコストも高額とされています。精密かつ最新の技術であるため、機器の故障が起こる可能性があります。故障にはロボットアームやモニターの故障などの小さいものから、パワー・ダウンなどの大きなものもあります。ロボット手術には触覚が無いという短所もあります。開腹手術では術者が把持した組織の硬さや可動性を認識し、切断や剥離の可否を判断しつつ手術を進めることができます。一方、ロボット手術は立体像を含めた視認性が非常に優れているため、これが触覚の無いことを補っています。大血管損傷などで開腹手術に移行するような緊急時において、ロボット手術ではトロカーとアームの接続を外す操作が必要など、緊急時における処置が遅延する可能性があります。

 

⑥ 福岡大学病院泌尿器科におけるロボット手術の取り組みについて

10年前から福岡大学病院泌尿器科では前立腺癌に対する低侵襲手術として腹腔鏡下前立腺全摘除術を数多く行ってきました。ロボット手術は従来の腹腔鏡手術に比べて、出血量が少ない、神経損傷や直腸損傷などの合併症が少ない、尿禁制の回復が早い、勃起機能の回復率も高いなどの長所が多いことより、福岡大学病院は、患者さんにより優しい低侵襲手術を目指して、20156月にダビンチXiを導入しました。執刀と助手を務める泌尿器科医師3名(ダビンチ研修プログラムを終了し、ダビンチXi認定医取得)、看護師2名、および臨床工学技師1名でダビンチチームを形成し、ロボット手術をチーム医療として行うことにしました。日本泌尿器科学会と日本泌尿器内視鏡学会が定めた「泌尿器科ダビンチ支援手術教育プログラム」、および「泌尿器科領域におけるダビンチ支援手術を行うに当たってのガイドライン」の基準に従い、指定されたトレーニング施設でロボット手術のトレーニング、動物の手術、および実際の前立腺癌患者さんに対するロボット手術の見学を行いました。その後、201583日に九州地区で最初のダビンチXiを用いたロボット手術を行いました。20167月末までの1年間に合計23例の前立腺癌に対してロボット手術を行いました。術中合併症や開腹手術移行例は1例もなく、手術時間は症例を重ねるに従い短縮し、術後経過も良好です。20164月には小径腎細胞癌に対する腎部分切除術においてロボット手術が保険収載されました。本術式においてもダビンチXiの特長を十分生かした手術が可能ですので、今後本術式にも積極的に取り組んで生きたいと考えています。