4 睡眠障害と睡眠薬

4 睡眠障害と睡眠薬

柴田志保

福岡大学医学部薬理学助教(麻酔科兼務)

 〈はじめに〉 「睡眠」は全ての人に必要不可欠なものですが、現代人の生活においては、しばしば犠牲にされるものでもあります。睡眠時間を削れば、その分、多くのことを成し遂げられると錯覚しがちですが、睡眠時間を削ることが得策でないことは多くの研究から明らかです。また、近年は睡眠の問題は時間だけではなく、その質も重要であることが知られ始めています。本稿では、未だ解明されていない部分も多くある「睡眠」について睡眠薬の観点から論じたいと思います。 

〈睡眠の役割〉  なぜ、われわれは人生の1/3を眠って過ごすのでしょうか。それだけ重要な働きが睡眠にあるからです。睡眠は体に休息を与えるだけのものではなく、様々な役割を果たしています。  記憶は睡眠によって整理されています。眠っている間に不要な情報が削除され、必要な記憶が固定されています。試験前夜に徹夜で覚えた内容は長期的には保存されないということを、肌身で感じている方も多いのではないでしょうか。 

 睡眠は体を整えるホルモンの分泌にも密接に関わっています。「寝る子は育つ」と言いますから、成長ホルモンの分泌に関しては、みなさんご存知だと思います。その他にも、副腎皮質刺激ホルモン、コルチゾール、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、黄体形成ホルモン、卵胞刺激ホルモン、インスリン、レプチン、グレリンなどの分泌に影響します。 近年、睡眠不足がもたらす様々な疾患へのリスクが問題視されています。長期の不眠や睡眠関連呼吸障害は、高血圧、虚血性心疾患、脳血管性認知症などの重大なリスク因子であると報告されています。睡眠の質が低下している人ではインフルエンザなどのウイルス性感染症の発症率が上昇することから、免疫とも密接に関与していることがわかっています。さらに、ホルモン異常による肥満や糖尿病などのリスク、精神状態への影響、痛み閾値低下による慢性痛患者の痛みの増強など、睡眠不足が与える影響は多岐に渡っています。十分な睡眠を確保することは、健康維持に不可欠であり、様々な疾患の治療アプローチの一つともなり得ます。 

〈睡眠薬の変遷〉  成人の30%以上が入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、熟眠困難などの不眠症状を有していると言われており、日本の成人の20人に1人が睡眠薬を使用しています。多くの人が服用している薬剤であるため、一部の患者の依存や乱用も大きな社会問題となりますし、安全に使用するルール作りが必要です。 

 不眠症の薬物治療は時代と共に変化しています。バルビツール酸系薬剤が多く用いられた時期もありましたが、バルビツール酸系薬剤は依存や耐性を生じやすいこと、多量に服用すると呼吸中枢を直接抑制して死に至る可能性が高いことなど、副作用の問題から用いられなくなりました。その後、より忍容性が高い薬剤として、ベンゾジアゼピン(BZ)系の薬剤が用いられるようになりました。

 BZ系の薬剤は、γアミノ酪酸(GABA)-BZ受容体複合体に作用します。BZ系薬には、化学構造式としてBZ骨格を持つものと、BZ骨格を持たないものがあります。BZ骨格を持つものをBZ系薬剤、後から開発されたBZ骨格を持たない薬剤(エチゾラム,ゾルピデム、ゾピクロンなど)を非BZ系薬剤と呼ぶことが多いですが、作用機序は同じであり、同様の問題が指摘されているため、本稿では、これらを一括してBZ系薬とします。

 BZ系薬には非常に多くの種類があり、作用時間や消失半減期の違いによって使い分けられています。BZ系薬には、催眠・鎮静効果の他に、抗不安作用や筋弛緩作用もあります。副作用が比較的少ないことから、睡眠薬としてだけでなく、抗不安薬として使用されたり、肩こりや腰痛などの筋肉痛に対して使用されたりするために、多くの患者が服用しています。そのため、耐性の形成や依存症の発症は一部の患者に限られるものの、乱用患者数は、覚醒剤と危険ドラッグに次いで第3位、処方薬の中では最多です。BZ系薬の依存では、渇望感や耐性形成は伴わず、臨床用量内にとどまるにも関わらず、離脱症状のために中止が困難となるものがあり、臨床用量依存や、常用量依存と呼ばれています。臨床用量依存や、常用量依存を避けるためには、臨床用量であっても長期間の使用は慎まなければなりません。諸外国ではBZ系薬に対しては強い注意喚起が行われており、処方や所持が厳しく制限されています。日本では、これまで規制がありませんでしたが、少しずつ変わってきています。2017年3月に医薬品医療機器総合機構(PMDA)の調査結果を元に、「長期間服用することにより患者に依存を引き起こし、臨床上の使用によっても依存が起こりうる」ことについて添付文書が改訂され、30日以上の処方が認められない薬剤となりました。同時に、PMDAも医療従事者向けに「医薬品適正使用のお願い」としてBZ系薬の注意喚起をホームページに掲載しました(図1)。平成30年度診療報酬改定では、不安や不眠の症状に対し、長期間(12か月以上)BZ系の抗不安薬・睡眠薬を処方している場合の処方料、処方箋料が新設され、精神科医の指示なく漫然と処方されている場合には、減点されることとなりました。これらの改定によって、今後、依存患者は減ると期待されていますが、BZ系薬には依存以外にも認知機能の低下による交通事故や、筋弛緩作用による転倒などの問題もあります。特に高齢者では若年者よりも記憶障害が起こりやすく、認知症との関連性も示唆されています。高齢者では肝機能低下による蓄積や転倒による骨折などにも注意が必要で、若年者よりも減量して使用すべきです。 

 より副作用がない薬剤ということで、注目されているのが、新たに開発されたメラトニン受容体作動薬とオレキシン受容体拮抗薬です。これまでの睡眠薬は全て自然睡眠の仕組みとは異なり、鎮静によって強制的に眠らせているという薬でしたが、メラトニン受容体作動薬とオレキシン受容体拮抗薬は生理的な睡眠を誘導する薬です。 

メラトニン作動薬(ラメルテオン)は、体内時計を司るメラトニンの働きを助けることで、体内時計を「夜」に調節し、睡眠を誘発します。特に睡眠リズムが崩れている昼夜逆転タイプの睡眠障害に効果的と考えられます。睡眠パターンは自然睡眠に極めて近く、副作用がほとんどありません。しかし、即効性はなく、効果発現に時間がかかります。事前に、「効果を実感するには数週間継続する必要があること、睡眠の質を改善する薬剤であること」などを説明しておかなければ、患者の満足が得られず、継続できない可能性があります。 

オレキシン拮抗薬(スボレキサント)は、「覚醒」を司るオレキシンをブロックすることで、脳を「覚醒」から「睡眠」の方向に傾ける薬剤です。入眠障害や中途覚醒に効果があると言われており、BZ系薬剤の多剤併用を減らせる可能性があります。スボレキサントはラメルテオンよりも効果が強い一方で、副作用や相互作用がやや多いという特徴があります。副作用としては、翌朝まで残る眠気、頭痛、悪夢などが生じます。スボレキサントは、CYP3A4という肝臓の酵素によって代謝分解されますので、CYP3A4の働きに影響する薬剤との併用には注意が必要で、抗菌薬や抗ウイルス薬の中には併用禁忌薬もあります。 

〈睡眠障害の治療目標〉 睡眠薬には様々な種類がありますが、不眠症を睡眠薬の投与のみで治療することは困難な場合が多く、環境や生活の改善、不眠に特化した認知行動療法の併用などが重要です。また、不眠症治療の目標は、「眠れる」ことではなく、「日中の機能改善」であることを主治医と患者が十分に理解しておく必要があります。症状緩和のために必要な時期には薬物を用いる一方で、常に休薬の可能性を検討し、不要な薬剤を漫然と使用することのないようにしなければなりません。 

〈終わりに〉 現代病と思われがちですが、実は、睡眠障害の歴史は古く、平安時代の絵巻物にも睡眠障害の男女が登場します。古くて新しい問題である「睡眠」については、まだ解明されていないことが多く残されています。今後も新しい薬が登場する可能性を秘めている分野です。「睡眠」は研究者にとっては、新しい発見がある宝箱なのかもしれません。

  図1. 医薬品医療機器総合機構(PMDA)ホームページより引用